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	<title>A.LANGE&amp;SOHNE(A.ランゲ＆ゾーネ)</title>
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		<title>A.ランゲ&amp;ゾーネの復活</title>
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		<summary>フェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫にあたり、時計マイスターのウォルター・ランゲは、1924年7月29日にドレスデンで生まれ、カールシュタインとグラスヒュッテで、時計職人としての修業を積みました。中断...</summary>
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		<dc:subject>A.ランゲ＆ゾーネについて</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<p>フェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫にあたり、時計マイスターのウォルター・ランゲは、1924年7月29日にドレスデンで生まれ、カールシュタインとグラスヒュッテで、時計職人としての修業を積みました。</p><p>中断を余儀なくされた半世紀を経て新しい時代のランゲ時計に、ランゲ&amp;ゾーネ本来の輝かしい地位が蘇った。　そして第2次世界大戦径、彼は一家のビジネスに加わり、爆撃で破壊された工場の再建に取り組みましたが、工場は1948年4月20日、東ドイツ政府に接収されてしまいました。</p><p>ウォルター・ランゲはウラニウム鉱山の強制労働から逃れて、西側に亡命しました。そして兄のフェルディナント・アドルフとともにランゲ&amp;ゾーネの再建を試みたものの、最初の試みは失敗に帰しました。彼が故郷のグラスヒュッテに定期的に戻ることが許されたのは1976年以降のことです。</p><p>やがて東西ドイツが再統一に向けて動き出し、ウォルター・ランゲも再びランゲ&amp;ゾーネの復興を試み、今度はそれを現実のものにしました。そしてランゲ&amp;ゾーネ社は、1990年12月7日にグラスヒュッテで会社登記を済ませ、それとともに、そのすぐれた時計の文字盤に再び刻まれるランゲ&amp;ゾーネの商標を登録しました。一方、グラスヒュッテで腕をふるう機会を待っていた職人たちは、新生ランゲに集まり、シャフハウゼンのIWCから援助を得て、ついに新しいランゲ・アンド・ゾーネ社が動きはじめました。こうして4年の準備期間を経て新しい工房が誕生しました。</p>
<p>「皆様に感謝いたします」</p>
<p>「新生ランゲの時計として、このような素晴らしい機械式時計を提供することができ、うれしく思っています。これは私にとって生涯の夢でした。1989年までは、とても実現するとは思えない夢のまた夢のことでした。その夢は、シャフハウゼンのIWCの協力があってはじめてかなえられたのです。そこで私はIWCにお礼を述べたいと思います。ランゲ復活というプロジェクトのあらゆる段階、あらゆる方面で協力してくださいました。まだ工房も完成していない準備段階では、ランゲの時計職人を温かく迎え入れてくださいました。深く感謝しております。</p><p>　ランゲ&amp;ゾーネ社の再興は、私の社会人としての義務というだけでなく、故郷ザクセンにとっても大きな意味を持っていました。私は、グラスヒュッテの名を再び最高の時計技術の代名詞にしようと熱心に取り組んでくれた時計作りの仲間たちにも深く感謝の念を表します。1990年12月7日に私たちが会社を再興したとき、手もとにあったのはランゲ&amp;ゾーネのベースとなるノウハウを伝えた、私の曾祖父が記した有名な旅の記録（時計職人としての修業中から書きつけてきた時計製作メモ）だけでした。これは将来ランゲが時計を作る際の一種の憲章ともいうべきものになりました</p><p>さらに私が感謝しなければならない方々がいます。それはランゲ時計を忘れずにいてくれた時計愛好家や、ランゲ時計研究家、専門のライターの方々です。過去50年の間、ランゲ&amp;ゾーネが人々の記憶から消え去らないように、その命を脈々とつないでくれていたのはこういう方々です。私たちはそのことを決して忘れません。再び世界最高の時計として復活したランゲの時計には、我々の故郷グラスヒュッテの名と150年前この町の基礎を作った男アドルフ・ランゲの名が刻まれているのです。</p><p>ランゲ&amp;ゾーネ　グラスヒュッテと。</p>

<p>1994年10月25日、グラスヒュッテにて
新生ランゲ&amp;ゾーネ社の
創設者ウォルター・ランゲ。</p>]]></content>
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		<title>A.ランゲ&amp;ゾーネ</title>
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		<issued>2006-07-09T21:52:44+09:00</issued>
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		<summary>ドイツの名門ランゲ&amp;amp;ゾーネドイツ最高の時計メーカーとしてその名を轟かせたランゲ&amp;amp;ゾーネが永い眠りから目を覚ましました。かつてザクセン王国が誇った高級時計の伝統を現代に蘇らせ、再び人々を魅了する...</summary>
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		<dc:subject>A.ランゲ＆ゾーネについて</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<h3>ドイツの名門ランゲ&amp;ゾーネ</h3>
<p>ドイツ最高の時計メーカーとしてその名を轟かせた<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>が永い眠りから目を覚ましました。かつてザクセン王国が誇った高級時計の伝統を現代に蘇らせ、再び人々を魅了する日がやってきたのです。新しい時代の幕間けを告げる<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>。</p>

<p>かつて作られた<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>の時計はオークションにおいて驚異的な高値がつけられ、現在でもコレクターたちの垂誕の的でありつづけています。現在まで残るこうした初期のランゲ時計の数は決して多くはありませんが、それらはドイツ高級時計をまちがいなく代表するものです。しかし、ドイツを長い間東西に引き裂いた過酷な運命が、<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>の名を刻んだ時計を50年近くも世界の表舞台から遠ざけてしまっていました。</p>

<p>そして今、<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>は美しく彩られ、語り継がれた伝統としてではなく、1845年にフェルディナント・アドルフ・ランゲがドレスデンの南オーレ山脈にあるグラスヒュッテにドイツ高級時計の拠点を築いた、あの頃の熱意を受け継いだ現代の名匠として蘇ったのです。</p>

<p>その創業から145年を経たドイツ統一の年に、<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>の工房が創立者アドルフ・ランゲの曾孫にあたるウォルター・ランゲの手で新たに再建されました。その日から、グラスヒュッテの時計職人たちは初の腕時計コレクションの製作に取り組みはじめました。</p>

<p>その作品のひとつひとつには、まさに精密機械工学における最高の技術が凝縮されています。新開発のムーブメントは、腕時計としては画期的な技術を凝らし、前例のない機能が組み込まれています。このように、ウォルター・ランゲの帰還は、かつて1世紀もの間すぐれた懐中時計を世界中に供給し続けたオーレ山脈のこの地に製造の拠点を構え、時計技術史に輝く<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong>の名を復活させました。50年にわたる不在を経て、それまで封じ込まれてきた時計製造のアイデアが奔流となってあふれ出し、腕時計に実現されたのです。</p>

<p>そして、人々を魅了する絶妙なメカニズムの時計が再び生み出されるようになりました。それは、今日求め得る手づくりの最高の時計という評にふさわしいものです。そうした評価が本物かどうか、それは、この後に続くページをお読みいただいてから、皆様がご判断ください。</p>]]></content>
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		<title>A.ランゲ＆ゾーネ</title>
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		<issued>2006-05-23T14:36:39+09:00</issued>
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		<summary>ランゲ&amp;amp;ゾーネ1845年の創業以来ドイツ時計の最高峰を君臨し続け、 少量生産で一つ一つ丹念に作られた自社製ムーブメントには 3/4プレートに洋銀が用いられており、それにはこの時計が最高水準のものであること...</summary>
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		<dc:subject>A.ランゲ＆ゾーネについて</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<div style="text-align : center;"><embed src="http://www.kk-tanaka.com/lange_sohne.wmv" width="320" height="256" autostart="true" autosize="true" showcontrols="true" playcount="0" autoplay="true" scale="aspect" controller="true" loop="true" type="video/x-ms-wmv"><br />
</div><br />
<br />
<a href="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/img0_b_nakamen.gif"><img src="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/thm0_b_nakamen.gif" class="thumb" alt="LANGE1" title="LANGE1" width="350" height="262"/></a><br />
<strong>ランゲ&amp;ゾーネ</strong><br />
<br />
1845年の創業以来ドイツ時計の最高峰を君臨し続け、 少量生産で一つ一つ丹念に作られた自社製ムーブメントには 3/4プレートに洋銀が用いられており、それにはこの時計が最高水準のものであることを 示す誇りの証である“グラスヒュッテ”の文字が刻み込まれております。<br />
<br />
<a href="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/img1_popup_pic_geburt_01.jpg"><img src="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/thm1_popup_pic_geburt_01.jpg" class="thumb" alt="フェルディナント・アドルフ・ランゲ" title="フェルディナント・アドルフ・ランゲ" width="318" height="324"/></a><br />
ランゲゾーネの創始者フェルディナント・アドルフ・ランゲは、１８１５年２月１８日、ドレスデンの鉄砲職人の子として生まれました。<br />
<br />
父親は粗暴な性格で、両親の離婚後、彼は里子に出されます。<br />
<br />
アドルフが１５歳になった１８３０年に有名な時計職人のヨハン・クリスチャン・フリードリッヒ・ガトカスの下に徒弟奉公に出ました。<br />
<br />
<a href="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/img2_popup_pic_wiealles_02.jpg"><img src="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/thm2_popup_pic_wiealles_02.jpg" class="thumb" alt="フェルディナント・アドルフ・ランゲ" title="フェルディナント・アドルフ・ランゲ" width="350" height="209"/></a><br />
ここでフェルディナント・アドルフ・ランゲは時計職人としての素晴らしい才能を発揮します。<br />
<br />
彼はガトカスの娘アントニアと１８４２年に結婚し、義父と共同経営者として時計工房を引っ張っていくことになります。<br />
<br />
１８４９年からは１８年間もグラスヒュッテの町長として時計産業の発展と人々の生活の安定に大きく寄与しました。<br />
<br />
<a href="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/img3_popup_pic_deranfang.jpg"><img src="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/thm3_popup_pic_deranfang.jpg" class="thumb" alt="popup_pic_deranfang.jpg" title="popup_pic_deranfang.jpg" width="350" height="210"/></a><br />
１８７５年１２月３日、フェルディナント・アドルフ・ランゲは突然６０年の生涯を閉じました。しかし、彼の息子のエミールは「ランゲ&amp;ゾーネ」を社名に掲げ、世界的な名声を確立したのです。<br />
<br />
しかし、順調に事業が続いていたランゲ&amp;ゾーネも第二次世界大戦の停戦直前に爆撃を受けたことによって、ほとんどの主力設備は破壊されてしまいました。<br />
<br />
さらに１９４８年にランゲ&amp;ゾーネは国家に接収され、１９５１年には東ドイツ国営の企業グループに吸収されてしまいました。<br />
<br />
<br />
<a href="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/img4_popup_pic_comeback_01.jpg"><img src="http://www.kk-tanaka.com/a_lange_sohne/img/thm4_popup_pic_comeback_01.jpg" class="thumb" alt="popup_pic_comeback_01.jpg" title="popup_pic_comeback_01.jpg" width="350" height="210"/></a><br />
そして、１９９０年・・・<br />
<br />
西側に亡命していたフェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫ウォルター・ランゲが先祖達の土地に戻り、新生ランゲ&amp;ゾーネの時計工房を復活させます。<br />
<br />
そう、新たなランゲ&amp;ゾーネの始まりです。]]></content>
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